例えば、最近トーナメント志向が高まり、釣った魚体のサイズ制限が確立されつつある。それにともない、ボクたち磯の上物釣り師たちの間にも、手のひらサイズは放流だとか、25cm以下は放流だとかということが習慣になりつつある。
たしかに資源保護、生態系の維持など、大義名分は明確である。だが、本当に小型放流が役立っているのだろうか?
とある有名な伊豆の釣り場でのことである。ボクは、仕掛けとコマセの同調について撮影するためにそのポイントを潜っていた。その日は大型の姿は見えずに、25cm前後のサイズの木ッ葉中心の群れの中に30cmオーバーが何尾か混じるという感じだった。
磯に立つ釣り師A氏は、コマセと仕掛けとを見事に同調させ、連発してヒットさせた。かかってくるのはやはり木ッ葉ばかり。ハリをはずしてすぐに海に返す
そのとき、ボクはビックリするようなことを目撃した。放流された木ッ葉メジナは、まず海底まで必死に泳ぐ。海底に着くと、大きくあえぐようにエラを動かして荒い呼吸を繰り返す。そのときに何度ものどがつまるような行動の後、プァーッと血をはくのだ。特にのどの奥にハリが刺さったときは重傷のようで、血を吐いたあとそのまま横になって動かなくなってしまうものもいる。どうやらこのようにして海底で死んでしまうものも少なくないようなのである。また、唇にかかった場合でも、かなりの確率で血を吐くものがいる。これは、アワセによってハリ先がのどをひっかき、切り傷を作った状態で最終的にハリが唇に刺さるという現象が起きているのではないかと考えられるのだ。つまり、ボクたちからしてみると、たいしてダメージを受けているとは思えなくても、サカナたちにとってはかなりのダメージを受けているのだ。
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さらに衝撃的な事件が起きた。海底で2度ほど血を吐いた木ッ葉メジナ。その姿を撮影しようとカメラを向けた瞬間、ボクのわきの下のあたりからヌメヌメッとした感触を残し、いきなり大きなウツボが飛び出してきて、その木ッ葉をくわえた。ボクは大ウツボの登場におおいにあわててしまったのだが、事態はとんでもないことになっていた。 大ウツボは木ッ葉をくわえると、まるで蛇が獲物を捕らえたときにするように、獲物にグルグルと巻きついて獲物が暴れなくなるようにすると同時に息の根を止めにかかった。木ッ葉は背ビレをはり、カラダをよじって抵抗するものの、さすがに大ウツボのからみには反抗できない。しかも大ウツボはすでに木ッ葉の頭を半分口の中に入れていて、こうなるとどうにもならないようなのだ。ボクとしてはなんとか木ッ葉を救いたいのだが、変に割って入って、大ウツボに逆ギレされるのも怖い。そしてなによりももったいなかったのがその様子を撮影することを忘れていたのだ。 大ウツボは、ある程度勝負がついたとみると、自分のカラダのからみをなんなくほどき、後ろずさりに自分のテリトリーまで木ッ葉をくわえたまま下がっていった。こんどは飲み込みである。木ッ葉といえども、それなりに体高はある。大ウツボが顎をはずしたかどうかは確認できなかったが、あきらかに丸呑みしたようで、ウツボのカラダの一部がひらべったく大きく膨らんでいたのだ。 ボクはふと気配を感じ、あたりを見回す。すると他にも大きなウツボが何尾もいるではないか。 |
そのときボクは海底で思った。おそらく有名な釣り場で、釣り師が毎日ひっきりなしに上がるような磯の際には、大きなウツボがひしめき合っているに違いない。
釣り師が放流する木ッ葉メジナ。釣り師自身はあたかも自然保護に役立ったつもりでいるのだが、実際には大ウツボを養殖しているに過ぎないのだ。ウツボは本来は自然に弱ったサカナや死んだサカナなどを食べる。だが、彼らにしてみれば、たいした空腹感も感じることなく、定期的に新鮮なエサに黙っていてもありつけるのだから、こんないい生活はないはずである。
では、ボクたちはどうしたらいいのだろうか? まずひとつの方法は、木ッ葉がかからないようなやや大き目のハリを使うこと。それでもかかってしまったら、きちんと持って帰って食べてあげることである。どうしても放流にこだわりたければ、とりあえず木ッ葉に回復のチャンスを与えることである。磯の上の潮溜まり(あとでつかまえるのが大変であるが…)か、別のやや大きめのバッカンに海水を入れ、ブクをいれてしばらく様子をみる。そこで死んでしまったものは持って帰って食べ、元気になった感じであればその時点で放流してやる。おそらく釣った直後の木ッ葉は、体力を消耗しきっていて、外敵にも襲われやすい。その部分をきちんとフォローしての放流なら、それはそれで効果があるはずなのだ。だが、釣りは何のためにやるのか? ボクは釣って楽しみ、その後はきちんとおいしく食べてあげること、ではないかと思う。
キャッチアンドリリースは、聞こえはいいが、実が伴っていなければ単なる釣り師のエゴにすぎないと思うのだ。