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3.群れの仲間と協力してハンティング

何年か前のことだった。たまたま西伊豆でメジナの群れを海中で観察していたときのこと。その場所は岩礁帯の海底。水深30mのところに円錐台のような形をした大きな根が20mほど立ち上がり、根頭で水深約10m。根頭は多少の凹凸はあるものの、比較的平らで、直径20mぐらいの円形に近い形をしていた。潮の通しはよく、緩やかな潮が流れていた。

そんなとき、この根にキビナゴの群れが回遊してきた。群れそのものはけっして大きくはない。正確には数えられないが、1万尾とか2万尾といった規模である。群れはのんびりとしていて、太陽の光が差し込む海中にキラキラとキビナゴたちがきらめいていた。

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西伊豆で出会ったカンパチのハンティング。まるで群れの中にリーダー格がいるようで、仲間にフォーメーションの指示をしているように見えた。
もしもサカナが仲間同士となんらかのコミュニケーションが取れているとしたら、それはすごいことである。ボクたちの想像を超える特殊な能力を持っているのかもしれない。

次の瞬間、群れに緊張が走り、群れが一気に収束して塊となった。原因はカンパチの襲撃。2kgほどのカンパチが数尾、キビナゴの群れを威嚇するようにすぐそばにまで泳いできた。

キビナゴの群れは丸く固まりながらゆっくりと移動する。直径1mほどのボール状になった。キビナゴがひしめきあい、まるで何か別のひとつの不思議な生き物のようにその塊はうごめいて見えた。だがカンパチはまったくひるむどころか、自分たちの戦闘態勢をきちんと整えていた。

そのカンパチの群れには1尾リーダー的なのがいるようで、まるで他の仲間に指示を出したかのような動き方をした。襲撃はあたかもフォーメーションを作っているかのようだった。

フォーメーションとは、サッカーやバスケット、アメリカンフットボールなどで、攻撃側にしろ、ディフェンス側にしろ、選手を効果的に配置すること。ボクは、まさかサカナの捕食の際にフォーメーションが形成されるとは思ってもみなかった。

リーダー格と思える1尾のカンパチはキビナゴの群れの後部につき、前部と左右にそれぞれ仲間を配置。もう1尾を自分の背後に位置させた。捕食のフォーメーションが定まると、そのことでキビナゴの群れはさらに凝縮した。その瞬間、リーダー格が群れに突入。キビナゴの球形の群れに大きな裂け目が入った。と同時に配置されていた仲間も群れに突入。辺りは逃げ惑うキビナゴと、ミサイルのように飛び交いながら捕食するカンパチとで騒然となっていた。

キビナゴのウロコが舞い、キラキラと海中に漂う。キビナゴはどれだけ喰われて、どれだけ逃げられたのかはわからない。おそらく群れの8割ぐらいは分散して逃げたのだろうが、完全に姿は見えなくなった。カンパチは捕食の騒ぎが収まると、2〜3度この場を旋回するように泳いだ後、沖側に向かって泳ぎ去ってしまった。

まさに海の野生。ただ驚いたのは、カンパチのハンティングの狡猾さだった。サカナがあそこまで知的とも思える集団行動をとったのを見たのは初めてだった。

あのフォーメーションは、本当に彼らがそのように考えながら行動した結果なのだろうか、たまたまボクにそのように見えただけなのかはわからない。本当にリーダーがいて、何らかの指示を仲間に出していたのかもわからない。もし出しているとすれば、何らかの方法でコミュニケーションをとっていることにもなる。単に彼らの経験から、阿吽の呼吸のようなものができていたのかもしれない。ただ少なくとも、最終的に限界まで群れを凝縮させ、そこに突入を開始した。そんないかに1尾でも効率よく捕食できるかをつきつめた行動を彼らがとったことは間違いのない事実である。

小笠原では、小魚の群れの下層に潜んでいた

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カンパチのハンティングは巧み。彼らは泳ぐのが速いだけではなく、知能犯的な行動をとることができる。おそらく魚類の中でも高度に進化したサカナと言えるだろう。

この話は、なにもカンパチだけに言える話ではない。どちらかというと、ロウニンアジやカスミアジ、ヒラマサといったフィッシュイーターに共通して言える話である。小魚を襲って捕食する回遊魚は、小魚の群れにつく。群れにつくといっても、一緒に群れているのではなく、小魚の群れの下層についていることがほとんど。ボクが小笠原で見た際も、水深20mぐらいのところにクマザサハナムロという沖縄で言うとタカサゴと呼ばれるサカナが群れていた。カンパチ(正確にはヒレナガカンパチ)は10kgサイズが数尾、群れるわけではなく、単に単独行動を取っているのがたまたまそこに居合わせた形で、さらに20mぐらい深い水深40mぐらいのところをゆったりと泳いでいる。

クマザサハナムロの群れは、まったく緊張感なく泳いでいるが、明らかに自分たちの下層にカンパチがいることを知っているようだった。ときおりカンパチが威嚇するように水深30mぐらいまで急浮上すると、クマザサハナムロたちはあわてて群れを固める。

おそらく、カンパチのようなフィッシュイーターたちにとっては、広い海をあてもなく泳ぎまわってエサとなるサカナを探すことほど、エサとの遭遇確率は低く、効率の悪い行動となるに違いない。労が多い割りに、得るものが少ない。ところが、小魚の群れを捕捉しておいて、常に自分たちの行動範囲内で自由にさせておけば、喰いたい時にだけ襲って喰うことができる。これぞまさしく究極的な喰いっぱぐれのない生き方。

こう考えてみると、いかにサカナたちは自然をうまく利用し、しかも巧みに生きているか、驚かされることばかりである。

※釣魚考撮より移設