思い起こせば、ボクが釣りにハマったのも、その後に海に潜るようになって、結果的に水中写真家になったのも、すべてクロダイというサカナが原因。
中学生の時に、三浦半島のとある場所で投げ釣りをしていたところ、隣のおじさんがウキ釣りをしていて、いきなりそのおじさんのサオが大きくしめこまれました。しばらくのやり取りの末、玉網に入ったのは40センチを超える、当時はとてつもない大物に見えたクロダイ。苦しいはずなのに堤防の上で口を閉じて、背ビレを立てて空をにらみつける姿。なんてかっこいいサカナなんだろう、ボクもこのサカナを釣ってみたいとストレートに思い込んでしまいました。
それからはいろいろなやり方でクロダイを狙ったものの、1年間ボウズの連続。2年目にやっとのことで手のひらサイズの、いわゆるチンチンを3枚釣ったことを思い出します。高校生になってからのある夏の日、この日も釣れず、本当にここにクロダイはいるのかが知りたくて、水中メガネをつけて海に飛び込んでいました。
そのとき海の中で見たのは、カジメの森の中にスーッと消えていったクロダイの姿。やっぱりクロダイはいて、釣れなかったのはボクがヘタクソだからなのだとこのとき悟った記憶があります。
「クロダイは、物音をさせたら絶対に釣れない」 「夜釣りで、海面にライト向けたら絶対に逃げて釣れない」 「掛けてバラしたら、その後は絶対に釣れない」 とにかくこんなダメ出しばかりがクロダイ釣りの大前提のように山積み。これらを 釣具店に行っても、釣り場で先輩たちからも同じことを聞かされて、釣り人がまずは頭でっかちになって、ストイックとも思えるほど神経質になってクロダイを狙う。ボクは、そうすることが逆にクロダイ釣りをものすごく難しいものに仕立ててしまっているような気がしてならないのです。 ボク自身も、必要以上に神経質になって、今になって考えてみると、そっちの気配りに意識がいってしまって、釣ろうという本来の行為から意識が違うほうに向いていたようにも思えます。 今のボクは、数を数えられないぐらい海に潜り、クロダイの実際の姿を見てきました。まぁ見ようと思っても、クロダイは濁っている場所にいたりして、そう簡単ではなかったのですが…。 例えば、西伊豆で見た実態はこんなことがありました。海底の砂を足ヒレで巻き上げて濁りを出す。すると、どこからともなく3尾ほどの良型クロダイが寄ってくる。そして何か食べ物がないかを探すのです。クロダイは、食い物についてはかなり貪欲。海底の砂煙は、他のサカナが何かを喰っている、そのおこぼれにでもあずかろうという意識なんですね。けっしてここで餌付けされているのではなく、普通にこれが野生のクロダイの姿なのです。 また、長崎の五島列島・久賀島ではこんなこともありました。ハリがかりした50センチ後半の超良型クロダイを追いかけて撮影していたところ、隣の磯までミチイトをひきづり出して暴れていたクロダイは、ハリが口にかかって逃げている最中にもかかわらず、海中に漂うコマセを逃げながら、しかもボクに追いかけられながらも捕食したシーンをも目撃しました。 青森県・津軽半島ではこんなこともありました。釣り場の足元で潜っていたところ、60センチオーバーの良型マダイの後に、3尾の40センチほどのクロダイがついていて、マダイと一緒に泳ぎながら、海中に漂うコマセをボクの目の前で捕食していました。ボクが彼らの目の前でブクブクと泡を出し、しかも写真を撮るための水中ストロボがピカピカと何度も光る状況下でもです。 ボクの中には、まだまだクロダイがけっして神経質なサカナではないという例がいくつもあるのですが、もし、クロダイが釣り人の常識のとおりに、臆病で、きわめて神経質なサカナだとしたら、これらの例は絶対にありえない話ですよね。 |
以降の話はボクの持論にすぎないのです。まずなかなか釣れないという話なのは、情報をつきつめていくと、例えば東京や神奈川といったエリア。九州や四国に行くと、逆に簡単に釣れるので面白くないとまで言われたりもします。つまり、都心部周辺の海にもクロダイは棲息してはいるものの、やはり圧倒的に九州や四国よりも数は少ない。少ない数のサカナを狙って、しかも成魚になると乗っこみ時期以外はほとんど群れることがない。だから、爆釣にもなりにくいし、なかなか釣れないという話になりやすいことが第一の理由に挙げられるでしょう。 第二の理由は、これはある意味クロダイの生態の核心部分といえるかもしれません。クロダイは、なぜか気まぐれな部分があり、ガツガツとエサを捕食していたかと思えば、何かの拍子に急に違うことに意識がいったかのようになることがあります。その理由が潮なのか、単に気が多くて意識がそのたびごとにかわるからなのか、ボクもまだまだそこまでは踏み込めて調べられてはいません。ただ、この急に意識が違うところにいってしまう状態になると、目の前にいるにもかかわらず釣れないという事態になることは確かです。この気まぐれにふっと意識が変わることが、海の中の彼らの本当の姿をみることができない釣り人たちからは、クロダイが凄く神経質に思えてしまうんですね。そこに、何か物音をたててしまったからなどという理由を付け足して、クロダイは静かに釣らなければ絶対に釣れない、などという話に推移してしまったように思えます。 |
とにかく、クロダイを釣りたいなら、こうしたらダメなんじゃないか、こうやったら釣れないんじゃないかという意識を捨て去ることだと思います。クロダイの性格は、とにかく好奇心が旺盛なこと、そして食い意地がはっているということ。それらの要素を逆に発揮させる方向を作り出してあげれば、ボクは必ずクロダイは釣れると思います。 例えば、コマセに砂を混ぜて濁りを強く出すとか、ガリガリと大きな音をさせながら磯や岸壁についているカラス貝を棒で突っついてみるとか、付けエサをそれまで使っていたものといきなり違えてみるとか…。クロダイ釣りにおいては、釣り場にダイバーがいることさえ、逆にプラス要素にもなることすらあるとボクは考えています。 今まで言われ続けていたクロダイ釣りのタブーには耳をかさず、もっと自由な発想でチャレンジしていただきたい。そうすれば、今までには絶対にありえなかったような釣り方が、このサカナにおいてはまだまだたくさん潜んでいるように思えてならないのです。 |