潮よ、お前は美しい。長崎県/五島列島

 「潮は生き物である」と誰かが言っていた。右へ左へ、手前へ沖へ。止まっていたかと思うと、突如として渦を巻く激流となる。大いなる流れは魚たちの本能をも司る。本能の最たるものは食性だ。今まで付けエサさえ取られなかったのに、ほんの少し潮の寄りつきが変化しただけで入れ食いとなることもしばしば。潮は流れるだけでパワーだ。人類の浅知恵など到底及ばない大きな力なのである。五島列島の夕マヅメ、潮の息づかいが変わった。さぁ、宴の始まりだ。

 

 

 

“トーナメントブランド”を育てた東西の雄

五島の磯に立つ。

 

 釣り人同士の会話では、釣りをしない人が聞いてもおおよそ理解できない専門用語が頻繁に用いられる。「ヒロ」「ナライ(北東風)」など漁師言葉を引用したもの、「ハエ根」「サラシ」など地形や海の状態をひとつの単語で言い表したものなど様々であるが、これら以外に、日常の会話ではまず使わないであろう言葉で、見事に体(てい)を表現したフレーズも多々耳にする。

 たとえば、尾長などの大物を掛けたとき、足下で左右に竿を切り返しながら魚の余力を奪うテクニックのことを「竿を練る」と言ったのは関西の某名人だ。軽い仕掛けを沈ませて潮なりに流す状態を「仕掛けを泳がせる」と言ったのは広島のチヌ釣り名手・木村公治さんである。竿を切り返したところで何かが練られるわけではないし、仕掛けが自分の意志で泳ぐわけでもない。しかし、その言葉を聞いただけで、状態がリアルにイメージできてしまうから不思議だ。

 ある日に乗った磯では、生き生きとした潮が通していた。この状態をどう言い表すか。「潮が通している」「潮が差している」「潮が走っている」あたりがすぐに思い浮かぶところ。激流なら「潮が飛ぶ」と言う人もいるだろう。しかし九州で出会った釣り人は、この状態を「潮がキレている」と表現したのである。

 九州ではごく当たり前に交わされる言葉だと思うが、実に上手い言い方だ。ギュッと絞れた流れが磯をかすめ、引かれ潮とのブッツケは屏風で隔てたかのような美しい潮目を形成している。こんな様が目に浮かぶようだ。「潮ギレがよかですね」と聞いただけでも釣れそうな気がしてくるのはボクだけだろうか。この言葉を初めて耳にしたとき、九州の釣り師は詩人なのではないかと思えるほどの感動を覚えたことを今でもはっきりと記憶している。

 さて、今回のレポートは夢多き詩人たちのお膝元、長崎県の五島列島からお届けする。訪れた釣り人は関東メジナ界を古くから牽引してきた鵜澤政則さんと、類い稀な釣技とセンスで阿波釣法の名を全国に知らしめた山元八郎さん。DAIWAのトーナメントブランドを黎明期から育て上げた2名は、切れ味鋭い五島の海をどのように攻め落としていくのだろうか。

 

鵜澤政則と山元八郎。五島列島の磯に立った2人の名手は、切れ味鋭い潮をどのように攻略していくのだろうか。

 

 

NEWトーナメントの仕上がりを検証。

期待の潮は……?

 

 今回の旅の目的は、今秋発売になるNEWトーナメントタックルの最終テストである。五島福江空港に到着するやいなや大急ぎでホテルへチェックインし、慌ただしく渡船へ乗り込んだ。下り立ったのは椛島を正面に見据える「椎ノ木島」という大きな磯である。担当氏との簡単なミーティングの後、鵜澤さんと山元さんはタックルのセットに取りかかった。2人が手にしたのはもちろんNEWトーナメント。鵜澤さんは「トーナメントISO F 1.5 -52SMT」と「トーナメントISO 3000 SH-LBD」のセット、山元さんは「トーナメントISO F 1.25-52 SMT」と「トーナメントISO 競技 LBD」のコンビである。

 「ここはメジナ以外にも真鯛が出るからね。状況によっては狙ってみようと思ってるんだ」

 こう話すのは鵜澤さんだ。

 潮は釣り座の左に見えるツブラ島との水道を右に抜けていた。見た目ではトルクもあり、真鯛はもちろん良型の尾長も食ってきそうに思えた。しかし、山元さんの表情にはさほど喜ぶ気配はない。

 「潮がキレよる感じではないね。ええ潮はキュッと絞れてなアカンのよ」

 なるほど、投入した仕掛けはグイグイ潮に乗る素振りは見せるものの、ある程度流れた所で勢いを失ってしまう。流れが開いているのだ。ほかの潮とぶつかるわけでもなく、コマセの出スジもボケてしまっている。イサキはポツポツ釣れるものの、メジナは足の裏サイズがたまに食ってくる程度。まったく潮が動かないよりはるかにマシではあるが、ベストな状況には程遠い。やがて潮が緩み、散漫に左右へ振れるだけになってしまった。

イサキは竿出し直後からまずまずの食いを見せた。「グレはおらんのかぁ」と言いながらも、鵜澤さんはどことなく嬉しそう。

 

見た目では美しい流れも、出スジのボケた見せかけだけの潮だった。「ええ潮はキュッと絞れてなアカンのよ」という山元さんは一瞥で見抜いていたのだ。

 

 

出スジの定まらぬ潮に展開される

「縦の釣り」と「横の釣り」

 

 フィールドテスターを指して「○○さんって、本当に釣りが上手いの?」といった会話をちょくちょく耳にする。同じ磯に乗ったところで、ある人は引かれ潮、ある人は本流、またある人は磯際といったように狙うポイントはそれぞれであるし、その組み立て方も違うので、一線上で比較するのはナンセンスというのがボクの考え方だ。釣りは数学ではないので、ひとつの状況下に正解はいくつも存在する。上手いか下手かの二択を強いられるのであれば、テスターやモニターなどを務める人はすべて上手いとボクは答えるだろうが、人それぞれ“上手さの質”が異なるわけで、そこが釣り人の個性だと思うのである。だから、いろんな釣り人と出会うたびに新鮮な驚きがあるし、そんな人の釣りは見ているだけで楽しい。

 ただ、鵜澤さんや山元さんのような一流と呼ばれる人は、あらゆる状況下において自分の釣りを展開できる人並み外れた適応力を備えたうえで、野球でいえばダルビッシュ投手のジャイロボール、清原和博選手の右方向へのホームランのような、見た者すべてを唸らせる芸術的な得意技を、必ず持ち合わせているように思うのだ。

 全国の磯で竿を出す鵜澤さんは“こだわらないことにこだわる”のが座右の銘で、仕掛け使いなどにその柔軟思考の片鱗がうかがえるが、その磯に入ってくる最も強い流れを使い、遠く深いポイントからデカバンを引きずり出すストロークの長い釣りは、ほかの釣り人にはない躍動感が溢れる。ロッドをゆっくり伸びやかに絞り上げるやり取りは、何度見ても溜息が出てしまうほど美しい。この日の潮は途中で散漫になってしまったが、緩潮の中を全層仕掛けで縦に探り、期待の真鯛は不発だったもののイサキを何尾も釣り上げていた。

 山元さんの凄味は、コマセでエサ取りと本命を的確にコントロールする“平面の釣り”に強く感じるものがある。以前、山元さんにコマセによるエサ取り管理において、何をイメージしているかをお訊きしたことがあるが、その中に「エサ取りの向き」という回答があった。

 教えていただいたパターンのうち1つを紹介すると、まず沖へヒシャクに1杯コマセを打つ。当然のことながらエサ取りがこれに集まる。少し時間を置いてその手前へ1杯コマセを打つ。するとエサ取りは手前のコマセに頭を向ける。さらにその手前へコマセを入れれば、最初に撒いたコマセとエサ取りに距離ができる。3杯撒いたコマセのうち、どれに仕掛けを合わせれば付けエサが取られにくいかは言うまでもない。

 こんな横の釣りが五島でも炸裂。止まった潮の中から次々にメジナを食わせていく様はマジックを見ているかのようだった。

遠く深いポイントから大物を引き出すロングストロークの釣りは鵜澤さんが最も得意とするところ。潮はいくら速くても苦にならない。

 

山元さんの「平面の釣り」はエサ取りと本命を鮮やかにコントロールする。潮が止まった場所でも次々に本命を食わせていく様はまさにマジックだ。

 

 

ようやく差してきた生きた潮。

怒濤の入れ食い、始まる。

 

 とはいえ、テクニックだけですべてを打破できるほど自然は甘くないのである。イサキ、そしてメジナはポツポツ釣れてはくるものの、簡単に抜き上げられるサイズでは誰もが満足できなくなっていた。五島らしい大きな魚がほしい。強靱なNEWトーナメントを根元までへし曲げるようなメジナが食ってほしい。足りないものが何かはわかっていた。潮である。キレのある生きた潮さえ入ってくれば、目の前の海はすぐにでも我々の期待に応えてくれそうな気がした。

「流れが変わったな。この潮は速くなるぞ」

「ほうやね、これは食う潮じゃ」

 夕マヅメ、釣り座の右後方から強い流れが差し込んできた。時折風波が立つ程度だった静かな海面がザワつき始めたかと思うと、見る間に1本の図太い筋が突き抜けた。釣り座の左側はゆったりとした引かれ潮となり、本流との壁で綺麗に舞い込んでいる。惚れ惚れするような美しい潮だ。

 こうなれば、縦の釣りも横の釣りも関係ない。本流の外側から仕掛けを差し込む鵜澤さんに対し、山元さんは引かれ潮から流し込んでいるが、どちらも本流と引かれ潮のブッツケに吸い込まれているだろう。コマセもここに溜まる以外にない。もちろん入れ食いである。それも1㎏クラスの良型ばかりだ。

 磯へ持ち込んだクーラーボックスが瞬く間に埋まっていった。もうテストには十分と2人の名手が置いた竿は、「ほらアナタ方も釣ってみなさいよ」とばかり裏方であるロッド企画担当者、リール企画担当者に手渡された。その後はカタログを作る人、カタログの写真を撮る人を経て、文章を書く人(つまりボク)に回ってきた。

 NEWトーナメントのスーパーメタルトップは、道糸を通して潮の息づかいさえ伝えてくれるように感じられた。仕掛けがなじんだ様子、仕掛けが潮目に入った様子が、手に取るようにわかる。やがてゴソゴソとした感触が伝わったかと思うと、道糸がビュッと走るのである。これが1㎏を軽く超える口太であった。結局は、竿を持った者全員が数投以内に良型メジナを食わせるという幸運に恵まれてしまったわけである。

 これは鵜澤さんと山元さんに食わせのパターンをきっちりセッティングしていただいたのもあるが、潮の恩恵が大きいと考えるのが適切だろう。やはり釣果の大部分を支配するのは潮なのである。そんな潮と自分の釣技がピタリとリンクしたときに、良質の情報と快適さをもたらしてくれるもの、これこそが優れたタックルなのかもしれない。

潮を味方に付けたときの鵜澤さんは手が付けられない。このサイズが連発だ。

 

五島列島の夕マヅメ。納竿時間が近づいてもメジナの食いは依然として衰えない。

 

これは翌日の朝一番に食ってきたナイスサイズ。手尺では47㎝あった。

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