「けっ! マトウかよっ!」のように、釣れてくるとかなりがっかりしたような扱いをされる外道・マトウダイ。たしかにヒラメを狙っているときによく釣れてくるサカナ。ヒキがそこそこ強いので、釣り人としてはなにか大物でも釣れたのではと淡い期待を抱いてしまう。ところが、水面まで上げて姿が見えてしまうと、とたんに落胆してしまう釣り人が多い。だが、けっして落胆する必要はない。マトウダイは、フランス料理などのムニエルの材料としては絶品。市場にほとんど出回らないので、落ち着いて考えれば釣り人だから手に入れられる貴重なサカナと思えば価値も増大するはずである。
マトウダイというと、まず誰もがこのサカナを見てイメージするのが「的(まと)」。ちょうどこのサカナのカラダの中心に丸く黒に近いまたは暗褐色の斑紋があり、弓の「的」をイメージさせられる。特に釣りたてのものは、サカナも興奮していて、この斑紋もくっきりとしている。より「的」という印象も強い。
そもそもこのような丸い斑紋は、外的に対し眼の位置を見誤らせる効果を見込んだものだと考えられている。特に熱帯魚などには、尾ビレ側に黒く丸い斑紋を持つものが多く、偽眼模様と考えられている。また、シロギスなども、たまに片目が欠落しているものが釣れたりするが、どうも外敵に眼を攻撃された結果だと考えられる。サカナにとって眼は急所であり、ここを攻撃されて弱った段階で捕食される。マトウダイの体表の大きな丸い斑紋も、外敵に眼の位置がここだぞということをアピールしている。逆に大きな眼があるという、相手に驚きや威嚇感を与える効果も考えられる。いずれにせよ、はっきりとした「的」をイメージさせられる的鯛(まとだい)が、言い伝えられるうちにマトウダイとなったのが、最も有力な名前の由来であろう。
だが、島根などでは市場などでも「馬頭鯛」と書かれて、マトウダイまたはマトウなどと呼ばれている。ええっ?ウマの頭と思ってしまうのだが、今度釣ったときにでもよく見て欲しいのだが、よく見るとたしかにウマの横顔のように見えてくる。顔が長く、鼻筋も通っていて、ウマの顔に見えてくるから不思議である。同じように馬の名前のついたウマヅラハギよりは、はるかにウマらしい顔つきをしているし、ウマの持つ凛とした雰囲気もあり、名前の由来説としてたしかにこちらも有力であると思えてしまうのはボクだけではなかろう。 あと、地方名としてわかりやすいのは新潟などで呼ばれているクルマダイ。クルマダイという正式名称の別のサカナもいるのだが、これもマトウダイの斑紋が車のように見えるからクルマダイ。他にもまつだい(茨城)、うまだい(富山)、もんだい(愛媛)、つきのわ(鳥取)など、たくさんの地方名がある。いずれにせよ、このサカナが日本各地に分布し、しかもその地で愛されている(?)ことは間違いなかろう。 |
とにかくこのサカナの印象がガラリと変わるのは、ヒラメを狙う際にイワシやアジの活きエサを喰ってくることだろう。ボクも実際に釣ってみるまでは、このサカナがフィッシュイーターであるとは思ってもみなかった。 たしかにヒキは強いが、どうみても敏捷に泳ぎ回って小魚を捕食しているとは思えない。またとにかくカラダが扁平して薄く、他のフィッシュイーターのようにビール瓶のような紡錘型のカラダとはかけ離れているからだ。 |
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マトウダイは、伊豆界隈の海を潜っていても、ときどき見かける。あちこちと泳ぎ回っているというよりも、海底の根の脇や転石、イソギンチャクの影などに潜んでじっとしていることが多い。まだいまのところマトウダイの捕食シーンを実際には見たことないが、おそらく次のような感じなのだと思う。 物陰に潜んでいるマトウダイ。じっとしていて、小魚の通るのを待っている。そこにマトウダイの存在に気づかない小魚が不用意に近づく。射程距離内に近づいた瞬間、マトウダイはガバッと口を大きく漏斗状に伸ばし、海水と一緒に小魚を吸い込む。この喰い方は、スズキやハタといったサカナと似たような喰い方になるはずである。 また、ヒラメ狙いで釣れてしまうのは、ヒラメと同じ砂地や砂泥の海底を好んで棲んでいることがひとつ。また、釣り船が釣り場に来て、釣り場周辺には釣り人が下ろした仕掛けにイワシが何匹も踊っている。それを見つけたマトウダイは、積極的にそこに寄ってきて、捕食してしまうのではないか。 つまり、ヒラメ狙いでマトウダイが釣れてしまうのはしかたないこと。それよりも、釣れたマトウダイを大切に持ち帰り、きちんと食べてあげることの方が大切なことのように思えるのである。 |