最近、青森県大間の本マグロ漁を扱ったTV番組を多く見受ける。勇壮な漁の模様や本マグロとのかけひき、1本がウン百万円になる海のダイヤモンド的な存在が注目されているのだろう。またマグロは、すしネタや食材としてもボクたちになじみが深いというのも、テレビのネタとして人気を集めている。
本マグロ(クロマグロ)は、幼魚時代はメジマグロと呼ばれ、カツオ釣りなどに混じるだけではなく、専門に狙う場合もある。さらに、例えば山口県の萩沖では、オキアミをエサにクロマグロの成魚を専門に狙う釣り船もあったりする。
さて、そのクロマグロであるが、ボクは何年か前にある研究団体の研究に加わっていたことがあり、とあるところでクロマグロの実態を海の中で撮影したことがあるのだ。
時速160km。
これを体感しようとすると、新幹線に乗るしかないのかもしれないが、乗っていると意外とスピード感がわかりにくいもの。
もっと分かり易く言えば、野球で時速160kmのボールを投げられるのは、日本には横浜ベイスターズのクルーン選手だけ。実際には僕らアマチュアならば、バッティングセンターで120kmのボールはなかなか打てない。そのスピードよりも速いレベルで、水中を泳ぐというのはなみたいていのことではできまい。
まず、マグロの仲間は、高速で水中を泳ぐためにサカナの象徴であるウロコを脱ぎ捨てた(実際には退化して、一部だけウロコ状の皮膚が残されている)。サカナにとってのウロコは自分の身を守る鎧であるのと同時に、水温の変化に対応したり、さまざまな悪条件に耐えるための砦であったはず。
しかし、それは高速で泳ぐためには抵抗となる。例えばカンパチなども高速で泳ぐためにウロコは細かくなって抵抗を減らす方向に進化したサカナ。それをつきつめていくとウロコは退化して、カツオやマグロのようなつるつるの皮膚へと進化していくのだろう。
そう、海の中で最速で泳ぐことで身を守り、環境の変化にも耐える肉体を得る方向に進化したサカナである。
海の中で見たクロマグロは、もちろんデカかったし、高速で泳ぐ姿は不気味でもあった。しかし、そんなことよりも研ぎ澄まされたフォルムには、機能美と呼ぶにはもったいないぐらいの美しさが漂っていた。無駄のない流線型、本気で泳ぐときに格納される胸ビレ、切れのいい泳ぎをするための尾ビレ。
さらに調べてみると、高速で泳ぎ続けるにはカラダを冷却する必要があり、そのために血管を体側に集めて、泳ぎながら海水で血流を冷却する。まさに人智を結集して作り上げられたF-1マシンのようなカラダを進化の過程で築き、生まれながらにしてその能力を引き出せるカラダと機能を神から得た偉大なサカナなのである。
水深10mのところにクロマグロの群れが現れると聞かされて潜ったボクであったが、海の中で待つにつれ、ある不安がよぎった。
ボクのいるところにクロマグロが現れるのはいいが、もしもぶつかってこられたりしたらボクはどうなるのだろう。あのとがった頭が胸や背中に当たりでもしたら、間違いなく肋骨は折れる。
「えっ、このまま海の藻屑になっちまうのか?」
そんな不安が脳裏を通り過ぎた直後、クロマグロの群れがやってきた。100kgぐらいといわれたやつらのカラダは、ちょうど人の背丈ぐらいであり、向かってくる姿は魚雷が何十発も同時発射されたようであった。
「うわぁっっっ!」
思わず目をつぶって叫び声をあげてしまったのだが、ぶつかるどころか、かすりもしない。
よく見てみると、彼らは大きな眼をくるくると動かしながら、あるときは正面を凝視し、あるときは側面を見て、周囲をきちんと把握しながら泳いでいるのだ。
「なぁぁ〜るほど!」
高速で泳ぎ、しかもウロコが退化してしまっている彼らにとっても、衝突や接触は命取りなのだ。だから水中の障害物は避け、もちろん仲間同士のカラダの接触も回避する。
ボクが見ていた限りでは、ボクのすぐ30cm脇をシューンとすり抜ける。
眼でしっかりと位置を把握。おそらく高速で泳ぎながらも、自分の泳ぐ10cm単位、もしかしたら、ミリ単位のコース取りが自由自在にできるのかもしれない。
そのことがわかり、彼らの行動を信頼して観察してみると、ますます偉大なサカナに見えてくる。
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さらに海の中では凄いことが起きた。
ボク自身もさらにビビッたし、驚きの連続シーンだった。
それは、ボクが潜っているところに船上からエサが撒かれたのである。最初は何が起きたのかわからなかった。ボンッ!ボンッ!と、まるで海中で何かが破裂するような音が鳴り響き、マグロの動きがさらにスピードを増した。
「えっ? 何が起きた? 非常事態なのか?」
せっかく平常心を取り戻しつつあるボクの心臓が再び16ビートで打ち始めた。
ボンッという破裂音のような音は、瞬間的にマグロが尾ビレを振ったときの音だった。マグロは巡航スピード時速50〜60kmで泳ぎながら回遊している。水中でこのスピードで泳ぐこと自体凄い話なのだが、彼らが捕食やその他の理由で瞬間的にトップスピードまで到達するのには、尾ビレを4〜5回ほど振ることで達成できるようである。その一発目の尾ビレの振りが、力強く、しかもややホイールスピン的に海水を切り裂く。その海水をたたくようにして瞬発的なスピードを得る。そのときに破裂音がするのである。おそらくサカナの中でゼロヨン(クルマの初速を比べるための400m間のレース)をやったら、間違いなくクロマグロが圧勝するだろう。いやはやなんとも凄いサカナである。
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