つい先日、カツオの一本釣りの船に乗った。いわゆる土佐に代表されるカツオ漁の船である。
船首から左舷側にかけて散水機が装備され、中央にカタクチイワシの生簀がある。また、船首左舷側には小さな生簀が立ち上がり、エサを撒く人が作業しやすいようになっていた。散水機は、漁場で海面に海水を撒き、シャーッという音と白い小さな気泡があたかも小魚が逃げ惑う演出をするのだという。
きれいな朝焼けを見ながら港を出港し、しばらくすると鳥山を発見。その場に近づくと、真っ黒い塊が海面から奇妙に盛り上がり、そこに鳥は突っ込むは、カツオははねるは、サメが背ビレをだすはでスゴイ状況になっていた。
黒い塊はカタクチイワシの群れ。カツオやサメに追われて群れがさらに密集して塊りとなり、海面で行き場を失っていたのだ。
去年、イギリスのBBCが発表したドキュメンタリー映画・ディープブルーのワンシーンのような状況。船は散水を始め、生きたカタクチイワシを撒いて操業開始。カツオが面白いように揚がり、カツオがバイブレーターのように甲板を尾でたたく。釣り上げられて宙に飛んだカツオの魚体が甲板に落ち、ドスン、バチバチと騒々しい音の世界となった。
しかし、ほんのわずかな時間でこの荒喰いは終わった。カツオの喰いが止まると、船をその黒い塊の脇につけ、そのカタクチイワシの群れを玉アミですくって生簀に入れた。3回もすくうと、さすがにカタクチイワシもカツオたちの呪縛がなくなったことに気づいたのか、あわてて逃げ去っていった。新しく手に入れたこのカタクチイワシも、次の漁場で撒くつもりなのだろう。
そのとき、映画のワンシーンも頭をよぎったが、それよりも数年前に海外の海で目の当たりにしたカツオのハンティングシーンがふと脳裏によみがえってきた。
メキシコ。日本から遠く離れた海だが、やや濁りの入った感じだった。もうすこしパキッと視界の抜けた海を予想していたのだが…。秋の伊豆半島周辺のやや白っぽく濁った感じの海に似ていた。
水深18m。そこには不思議な光景が展開していた。なにか大きな黒い塊がうごめいている。近づいてみると、なんとアジの群れ。それも30cmオーバーの立派なアジ。 「こんなところにサビキやビシの仕掛け入れたら、もう入れ喰いじゃん・・・!」などと、釣りバカ日誌のハマちゃんよろしく、思わずニタニタしてしまった。 アジの群れの塊・アジ玉は、大きく膨張したり、収縮を繰り返しながらほぼ同じ位置でなぜか反時計周りに回転していた。おそらく、この塊は何千万尾という数なのだろう。群れの密度が濃いので、この群れの下側に入ると太陽の光が完全に遮断されてかなり暗い。 他のダイバーがこの群れの中に入ろうとすると、そこにぽっかりと入り口ができ、入るとしまり、ダイバーの姿が見えなくなってしまう。まるで「どこでもドアー」が本当に存在するような感じである。 ところが、いきなりバーンッと大きな音がした。何かが破裂したのかと思い、思わず両手で頭を抱えたのだが、次にもっと驚くべき事態が起きた。カツオの群れがそのアジ玉を攻撃したのである。 アジ玉は、あたかも運動会のクス玉が割れるようにパッカリとふたつに割れた。その割れる瞬間に、何千万尾のアジが急激に動いた。破裂音のように聞こえたのはこのときの音だったのだ。そして割れた玉の中央からカツオが魚雷の嵐のように突進してきた。 事態を正確に把握するまでに少し時間を要したが、ボクはそのカツオの捕食現場の真っ只中に位置していたのだった。 カツオの群れも大きかった。おそらく何千尾という数だったろう。その群れがアジ玉に突入し、アジ玉が大きく割れた。カツオはまるで戦闘機が瞬時に切り返すかのように高速でコース変更し、割れたアジ玉に再突入。アジは完全にパニック状態に陥り、群れの統制は完全に乱れた。逃げ惑う個々のアジを、カツオは猛スピードで追い、捕食するのだ。 |
このとき面白いことに気がついた。
カツオがアジを追って捕食しているときに腹側にカツオ特有の縞模様が出ていたのだ。図鑑などには、腹部の縦じまは死斑であり、生きているときはなく、死ぬと現れると書いてある。
だが、実際には生きているときにも現れる、その縞模様。
実際釣ってみるとわかるのだが、釣った直後のバタバタと暴れているカツオにも、この縞模様は現れる。ただ死んでしまったときの縞模様はかなり濃い黒色だが、捕食したり釣りたてのものは、やや濃い目のグレーといった感じだ。死んだときよりはかなり薄いが、おそらく興奮すると現れる模様なのだろう。
カツオが追い回してアジ玉はちりちりバラバラになった。あたりにはアジの鱗がきらきらとしている。視界が開け、そのアジの鱗の花吹雪が舞うような情景は美しいのだが、そのいきさつをすべて目撃したボクとしては、この貴重なシーンを目撃できた喜びと、弱肉強食の大自然の姿を目の当たりにして、一種のモノ悲しさを感じずにいられなかった。
カツオの捕食も瞬間湯沸かし器的に起こり、その行動はあっという間に終わる。カツオはいつまでもチマチマと捕食するのではなく、「いっせいのせっ!」で始まって終わる。まさにボイルという言葉があてはまる。
そして、捕食し終わったカツオたちは、編隊を組みなおしてゆったりと辺りを旋回し、姿を消していった。まさに、海中のブルーインパルス航空ショーは終わった。
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