2014年9月アーカイブ

 

某河川の河口でマハゼがいい。

こういう情報を聞くと、秋の訪れを感じたりする。ジリジリと肌を焦がす真夏のマハゼもいいが、ゆるい秋風の川端の風情がこの魚に合っている気がする。ひと回り大きくなったアメ色の体に会いたくなった。

 

休日に重なり、ポツポツと見える先客。こちらは投げ釣りなので、隣りと間合いのとれる場所を選んだ。

 

 

さっそく飛びついてきたのは、この魚。セイゴと呼ぶには気の毒なくらい小さい。ミニセイゴか。ハゼ用の針を使っているのですぐに掛かってしまう。群れているので、投入の位置を頻繁に変えて「かわす」ことに終始。

 

それでも釣っては放し、の繰り返し。潮がゆるんでくると、ミニセイゴの姿がピタっと止まった。

 

 

 
 

すると本命の登場。不思議なもの。マハゼにとってセイゴは天敵でもあるので、食事の時合いを見計らったよう。今度は本命ばかりになった。

 

マハゼはコロっと太っていて、これからの落ちに備えているよう。もう少し時が経てば、体調も伸びて、頭が大きくなることが予見される。今年はいつ頃までマハゼが狙えるだろうか。

 

落ちのシーズンぎりぎりの再訪が楽しみになった。

 

すこし気温も落ち着いて過ごしやすくなった。

海のなかはまだ真夏の様相だが、どことなく秋らしい雲が空にはかかっている。投げ釣りにも絶好の季節到来だが、秋になるとまた気にかけることが、、、魚の数は豊富だが、稚魚の増える季節ということ。

 

 

キス釣りをしていて、小気味いいアタリ。上げてみて「しまった」と想う。針の号数をキスにあわせていて、キスではない稚魚が掛かっている。いちばん困るのがマダイやフエダイなどの子どもだ。

 

食欲が旺盛、同じ種族間での競争も激しい。エサを獲得してしまおうと一気に針を呑んでしまうことが多い。このまま海へ戻しても復活は難しい。まわりに猫やアオサギなどが控えていれば、針を取り外したあとにプレゼントできるけれど、ひとりだけの時。当然、持ち帰って食卓に供する。

 

 

 

しばらく前から、これら稚魚が海へ戻せなくなった場合、ためていく方法を採るようにした。ためる場所は冷凍庫。数が揃ったところで取り出して解凍し、調理する。針を飲まれて持ちかえらざる得なくなった稚魚のすべて。メゴチ、ちいさなキュウセンなども。

 

これが、ストックされたところで、すべてを味噌汁の具にする。味噌汁はちいさな魚の旨味をよく引き出してくれる。

 

 
写真はフエフキダイの子ども。夏、黒潮にのって北上してくる。チャリコと等しく群れでいる。投げ釣り大物師の胸を躍らせるタマミも、子どもの頃の数は相当だ。ここから自然の淘汰が始まったりするのかとも想う。

 

針を飲んでしまったフエフキダイ。抽出される出汁はなかなかのもの。上品で飽きのこない脂分がほのかに漂う。とても旨い。

 

釣った魚は責任を持つ。戻せなくなった魚は食べる。(食べられる魚に限るが‥)稚魚を掛けてしまったことに、こころで手をあわせ、味噌汁にて供養。そしてまた釣りへ出かけていく。

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